
人はみな、社会で、なんらかの役割を演じています。その時にかぶるのが仮面。
それが古代ギリキャ、ローマの時代の「仮面」を意味する言葉、ペルソナです。
パーソナル、という言葉の語源にもなっているので、それ自身が自分を表すようにも思えますが、あくまで社会的な仮面です。
本来の自分とは別の仮面をかぶって社会と接することで、自分を守る、という役割をしてくれます。
例えば制服を着る職業、駅員さんや警察官、白衣を着る医師はそれを来ている間は、職業らしい振る舞いをします。
ですが、このペルソナが裏目に出ることがある。一つは、仮面が外せなくなる事です。
例えば、大学教授が家に帰っても教授風のまま、偉そうにしてしまう。
そして、もう一つ、この仮面が本来の自分と大きく違っていること。
本来の自分を出せず、それを無意識下におろしてしまい、仮面をつけ続けていると、隠された本来の自分が「シャドウ」として時に暴れ出すことがあります。そして苦しむことに。
例えば、親からの期待に答えて、医学部に入り、立派な医者になったけど、本当にやりたいのは別のこと。こんな人生は自分の人生ではない、と葛藤する人がいます。
ペルソナは人種、男女に関わらず、世界共通で持っているものです。
また劇の世界では、良く世界を舞台に例えます。(シェカイクスピアの劇場は「地球座」全世界が劇を演じる)
私が思い出したのは、漫画の「ガラスの仮面」
天才女優の主人公が、舞台に上がる前、「仮面をかぶるのよ、私は⚪︎⚪︎」といって役になりきる様です。

仕事だけでなく、母親としての役、子供としての役、優等生役、道化役、そういった役を演じている訳です。
ただ、それはあくまで仮面であって、本来の自分を忘れず大切にした方が良いのだ、という気づきがありました。
素の自分に戻れる時間、素の自分でいられる人との関係を大切にしたいです。